2025年10月21日(火)鑑賞 イオンシネマ岡崎(スクリーン7 G-9)
2025年10月17日(金)公開 / 上映時間:127分 / 製作:2025年(日本) / 配給:松竹
【監督】 酒井麻衣
【キャスト】
 風桜井萌:當真あみ / 佐藤日向:齋藤潤 / 佐藤日向(13年後):杉野遥亮 /
 高遠麗(13年後):中条あやみ / 高遠麗:池端杏慈 / フーヤン:黒崎煌代 /
 カワケン:吉澤要人 / カワケン(13年後):伊藤健太郎 / フーヤン(13年後):泉澤祐希 /
 高遠晴美:池津祥子 / 郵便局の女性:黒島結菜 / 佐藤修:橋本じゅん /
 桜井美代子:田中麗奈 / 桜井康介:ユースケ・サンタマリア
【あらすじ】
病弱な体のため、学校にも通えず毎日ひとり家の中で過ごしてきた桜井萌(當真あみ)。そんな彼女の密かな夢は、自分の誕生日に好きな人と一緒に見ると永遠に結ばれるという、6月の満月 「ストロベリームーン」を見ることだった。15歳の冬、医師から余命が残りわずかであることを宣告された萌は、夢をかなえるために「運命の相手」を見つけようと心に決め、高校に通うことを決意する。入学式の日、萌は出会ったばかりの同級生・佐藤日向(齋藤潤)に突然告白し、人生初の「お付き合い」をスタートさせる。互いの距離を少しずつ縮めていく萌と日向は、萌の誕生日である6月4日に「ストロベリームーン」を見に行く。しかし、その日を境に萌は学校から姿を消し、日向は萌と連絡が取れなくなってしまう・・・
【感想】
泣ける映画ということで気になっていたのと、最近、當真あみという俳優が気になっていたというふたつの理由で観てきました。

余命宣告された萌の両親の萌に対する接し方やその行動が一番印象に残る映画でした。自分の娘が死ぬかもしれないという中で、萌を優しく見守りあえて明るく接する姿に、心の中の悲しみは幾ばくのものかと想像するだけで胸が詰まるような思いがします。特に、父親(ユースケ・サンタマリア)が娘の墓地の当選率の低い抽選に当たってしまった複雑な心情を吐露するシーン、それを聞いた母親の鉄橋を渡る電車の轟音と重なる悲しみの叫びのシーン、このシーンは圧巻でした。このシーンは涙無く観ることはできませんでした。

萌役の當真あみ、日向役の齋藤潤、麗役の池端杏慈は、自然で高校生らしくとてもうまく演じていて、切なく悲しい関係をよく表現していました。しかし、気になるところがいくつかあって、私好みの泣けるストーリでありながら思っていたほど物語に入り込めなくて、全体で泣けるような感じではありませんでした。

ひとつめは、萌の行動。余命幾ばくも無いという焦りはわかりますし、それが他の人にはわからない重要なことだというのもわかりますし、麗の言うようにそれが萌の魅力なのかもしれませんが、周りの人の感情に無頓着な側面は最後まで引っかかりました。なので、未来への手紙の内容も心にあまり響きませんでした。

ふたつめは、もう少しリアルに描いてほしかったということ。中学まで学校に行けなかった病状の萌がなぜ高校にはあんなに元気に行けるようになったのかひっかかりましたし、病院の庭に萌の見たかった向日葵畑を作るというのも病院の庭にそんなこと勝手にできないだろうというツッコミが先に立ってしまいます。そのあと日向が萌の病室で一晩泊まるのも有りえないと思いますし、日向が寝ていたベッドは誰が用意して看護師が翌朝来た時にはなぜ無くなっていたのかが気になってしまいました。萌が無くなるシーンは、状態が悪くなって医師も看護師も来たあとなのに、酸素マスクも無く医療従事者が近くにいないことに不自然さを感じてしまいました。ストロベリームーンを見に行って池に入るシーンも海の砂浜じゃないだろうと思いました。感動のためにリアル感を無視しているように私は感じてしまい、せっかくの萌と日向の純粋な感情や、相手を好きになった理由などの感動的な内容の感動が薄まってあまり感動できず泣けませんでした。こういうストーリーには多かれ少なかれ都合の良い流れも仕方がないことだとは思いますが、この映画に対しては少しやりすぎかなと私には感じてしまいました。

余命宣告された少女と恋人と親友の優しい関係と、心から子供を大切に思う両親の優しさと苦悩、そういう点ではとても素晴らしい映画でした。だからこそ、物語に入り込ませてくれるような作り方をしてほしかったのにと思いました。もっと感動して泣きたかったのにとても残念でした。
上記はあくまで私の主観です。あとで自分がその時にどう思ったかを忘れないための記録であり、作品の評価ではありません。
また、ネタバレの記述もありますので、ご注意ください。