2025年9月27日(土)開始 2025年9月27日(土)読了
作品情報
タイトル 君の顔では泣けない
著者 君嶋彼方
シリーズ
初刊出版社 KADOKAWA
レーベル
発売日 2021年9月24日
初刊発行日 2021年9月24日
書籍情報
出版社 KADOKAWA
レーベル 角川文庫 き-51-1
判型/ページ数 文庫判/304ページ
発売日 2024年6月13日
初版発行日 2024年6月25日
版数 第4版
発行日 2025年5月20日
定価(本体) 780円
購入日 2025年8月6日
【あらすじ】
高校1年生の坂平陸は、ある日突然クラスメイトの水村まなみと体が入れ替わってしまう。どうやら一緒にプールに落ちたことがきっかけのようだ。突然のことに驚き、戸惑いながらも入れ替わったことはお互いだけの秘密にしようと決めた2人。しかし意外やそつなく坂平陸として立ち振る舞うまなみに対し、陸はうまく水村まなみとして振る舞えず、落ち込む日々が続く。まなみの家族との距離感、今まで話したこともなかったまなみの友達との会話、部活の顧問からのセクハラ……15年間、男子として生きてきた自分が、他人の人生を背負い女性として生きること。いつか元に戻れる日を諦めきれないまま、それでも陸は高校を卒業し上京、そして結婚、出産と、水村まなみとしての人生を歩んでいくことになる。

詳細は下記の通り。
クリックして詳細を表示(ネタバレ注意!)
30 蓮見まなみは、夫の知らない人と一年に一度だけ故郷で会っている。今日はその日。いつもより早く起きて、まなみは夫・涼と娘・まどかを残して新幹線に乗る。故郷に着いたまなみは、一度実家に戻った後に、再び駅に向かい陸を迎える。ふたりは、いつものように喫茶店「異邦人」で近況を話し合う。
15 15年前の高校一年生の坂平陸は、ある朝目覚めると体が水村まなみと入れ替わっていた。坂平になった水村から連絡を受けて、喫茶店「異邦人」で、今後の対応を話し合う。入れ替わった原因は、前日にふたりでプールに落ちたことではないかと推測し、いろいろと戻ることを試みるが元には戻らなかった。とりあえず、家族や友人におかしく思われないように、お互いの情報を交換する。陸は水村の体で生活するうちに、友人との会話、部活顧問の磯矢のセクハラ行為、水村の恋人・月乃とのデートなどで神経をすり減らしていく。そんな時、学校の屋上のドア前で水村と情報交換していたところを、陸の親友・田崎に見つかり、それを機会に、三人での時間を過ごすことが多くなった。期末試験が終わった夏休み前のある日、磯矢にセクハラを受けていた陸を水村が殴った。母とともに謝罪に行った陸は、自分の母親に水村まなみが嫌われていることを知る。陸と水村は、元に戻った時のために、一日の出来事をノートに書き置くことを約束する。
30 「異邦人」で話をしていたふたりは、陸の本当の父親の墓参りに行く。その後に水村は母のところに立ち寄って、陸にも会うことを勧めるが、陸は嫌われている水村まなみの姿で母と会う勇気はまだ持てなかった。
18 夏が終わっても元に戻らないふたりはそのまま高校二年になり進路を話し合う時期になっていた。水村は東京の大学に行きたいと陸に話す。陸は体がもとに戻った時のことを考えて一緒に東京に行くという。しかし、水村はお互いに好きに生きることを提案するが、陸は納得できなかった。そして卒業式を迎える。陸は水村の親友だったふたりと最後までうまく付き合えず、月乃にもひどい態度をとってしまったことで、水村に申し訳ないと気持ちは沈んでいた。卒業式後、陸と水村と田崎と三人でラーメンを食べ、そこでの田崎の言葉に救われる。その帰り道、陸は偶然に会った磯矢に襲われる。その危機を救ったのは、陸の弟の禄だった。禄と話をすると、体が入れ替わってからの兄の様子にかすかな異変を感じていたことを知る。真実を伝えたい欲求を陸は飲み込む。故郷を離れる二人は、最後にもとに家にひとりで行くことで区切りを付けようとする。その帰り道、「異邦人」で待合せた二人は、卒業記念のイニシャル入りの万年筆を、本当の自分のものになるように交換する。そして元に戻ったらまた交換することを約束する。
30 墓参りの帰りの車の中、ふたりの話は続く。いつものように、陸は水村を自宅に招く。水村の本当の実家であり、水村の両親のいる家である。陸と水村は、親の変化を見て時間の流れを感じて感傷的になる。
21 陸は女として自分を守り生きていくために、女であろうと決めた。その結果、陸である水村まなみは綺麗になった。東京の大学生になった陸は学校、サークル、バイトで充実した日々を送っていた。新たに生きるために、地元に帰ることもなく、成人式も欠席していた。水村とも田崎とも会っていなかった。そんな時、同窓会の案内が届く。欠席のつもりだったが、水村からの連絡で出席するこにとにした。同窓会の前に久しぶりに「異邦人」で水村と会うことで緊張感は溶けたが、やはり同窓会では神経をすり減らすだけだった。そんな中で、久しぶりに会った田崎は昔のまま接してくれて、その後二人で行ったバーで、陸は田崎に好意を感じてしまう。陸は田崎の部屋に行くことを承諾し、その夜二人は結ばれる。翌日、陸は水村に「異邦人」で事の顛末を話す。そこで、二人は毎年7月の第三土曜日に会うことを約束する。
30 水村まなみである陸を迎えた水村家の夕食。他愛のない会話が飛び交う。昔の自分の部屋を訪れた水村は、複雑な心境を読み取られないように振舞う。
24 陸と水村は、約束通り7月の第三土曜日に逢瀬を重ねた。毎日書き綴っている日記も21冊となっていた。陸は印刷会社の経理、水村は雑誌の編集の仕事に就いていた。陸は水村に、田崎との関係は消滅し、今付き合っている蓮見涼という男との馴れ初めを話したりした。ひとりだと、昔男だった過去の自分は偽物だったのではないかと怖くなる陸は、年に一回、同じ体験をしている水村と会うことで安堵し感謝していた。その年に陸の本当の父親が突然亡くなった。取り乱した水村からの連絡に、陸は自分はもう関係のない人間だと言い聞かせる。しかし、表面上は他人でも本当の父親だから別れの挨拶くらいはしたいと、故郷に向かう。しかし、憔悴しきっている母と水村を見て、葬儀場の前から動けなくなった。そこで陸は禄から話しかけられ、幼い頃の父と兄の話を聞く。泣きそうで自分に涙を見せない禄を見て、陸は自分の今の境遇では居場所が無いことを知り、葬儀場をあとにする。翌日、葬儀に来なかった陸のために、水村は線香をあげにこないかと陸を誘う。陸の実家に行った陸は、自分の親の死にも泣けずに葬儀にもでられない境遇への不満を水村にぶつける。陸は「本気で戻りたいと思っていないんじゃないか。だから戻れないのはお前のせいだ」と水村に放つ。「戻りたくないわけないでしょ」と涙を流す水村に陸は、「俺の顔で情けなく泣かないでくれる」と言う。その言葉で水村は陸を拒絶した。東京の自宅に戻った陸は、思い出の万年筆をゴミ箱に放り投げた。陸の心は、不安定な足場にひとり取り残された感覚で不安にあふれていた。そんな時に帰宅した同棲していた涼に「結婚して」と言ってしがみついた。
30 水村を実の母の住むアパートに送る車の中、陸は夫・涼に電話して一日の報告をする。それを聞いていた水村は「ちゃんと主婦やってんなぁ」とからかう。陸は、アパートに送る前に、学校に寄ってみることを提案する。
27 陸は妊娠し、実家で出産に挑もうとしている。妊娠8ヶ月の頃に、切迫早産の可能性があり、陸は入院することになる。夜になると、陸は死への怖さで眠れない。そんな時に涼が見舞いに来て、陸が捨てた万年筆をお守りとして渡す。「捨てちゃまずいんじゃないかと思って持ってきた。余計なことだったらごめん」という涼に陸はこの人を好きになって良かったとあらためて思う。しかし、自分が死ぬと水村の戻る体が無くなるという重責に耐えられない陸は、水村に謝るために3年前から連絡を取っていない水村に電話する。拒絶を恐れていた陸は、あの頃と変わらない口調の水村に驚く。陸は、「自分が死んでしまった時に本当に悲しんでほしい人に悲しんでもらえない、そして水村を殺すことになる」ということを涙を流して水村に謝る。電話口の先の水村も「私も入れ替わってから死ぬのが怖かった。でも、気にしすぎるのは良くない。てか、私の顔で情けなく泣かないでくれる?」と、かつて陸が言った言葉を投げ返す。二人はまた年に一度、7月に会うことを約束する。
30 夜の校舎に二人はいる。緊張している水村に、右手を高く上げる。二人が決意した時にいつもやるように、水村は自分汚手のひらを陸の手のひらにたたきつける。そしてプールの前に行き、二人は手をつないでプールに飛び込んだ。これで戻れるかどうかはわからないが、どちらにせよ二人ならうまくやっていけそうだと話し合う。そして陸は水村に「俺、入れ替わったのが水村で良かったと思ってるよ」と伝える。こういう関係で生きるのは、ひとりきりで生きるよりはずっと楽しいはずだと思いながら・・・
side M
27
まなみはセフレの瑞穂と部屋にいた。自分の幼い頃の夢は、お嫁さんになること。いずれ誰かを好きになり、結婚して、子どもを産み、幸せな家庭を築くのだと。しかし、その望みは、入れ替わったこの男に奪われた。この体は全部嫌いだった。しかし、嫌いなこの体を好きと言ってくる女とは拒まず付き合ってきた。そんなことを思い出したのは、坂平との年に一度の会う約束が潰えたから。あの時の坂平の言葉はまなみの想いを傷つけるのには充分だった。そんな時に坂平から久しぶりに電話がかかってきた・・・
【感想】
面白くて一日で読み切ってしまいました。この作品は、第12回小説野生時代新人賞受賞の「水平線は回転する」を改題したものです。

男女の体が入れ替わるという設定の物語はよくある設定ですが、この作品は、体が入れ替わってから15年の月日が経ったところから始まります。ふたりは1年に1回故郷で会って一年間のお互いの状況を話し合うのですが、15年目のその1日の出来事と、15歳から三年ごと27歳までの出来事が並行して進み、最後に30歳で結びつくという構成となっています。最初に最初の章立てのタイトルが「30」と書かれていることに戸惑います。なぜ「1」ではなく「30」なのかと不思議に思って読み進めると、次の章のタイトルが「15」となっています。そこで二人の年齢がタイトルになっていることに気づきます。それにより、いつの話なのかがとてもわかりやすくなっています。

物語は「水村まなみになった坂平陸」の視点で進みます。15年男だった人間が突然女性の体になり15年間生きてきた。その過程においてどんな感情が生まれどんな問題が起きるのかを、実に丁寧に描かれています。異性の目で異性の人生を体感することによって、社会での男女の生き難さや生き易さ等でどんな問題があるのか、体が入れ替わることによる家族や友人との関係はどうなるのか、体力的な違いによってどんな問題が起きるのか、そういう問題が丁寧に描かれています。私は自分が男でなくては違和感があるという人間ではないので、時折、自分が女性だったらどんな人生だったのかということを考えたりすることもありますが、この作品では、そういう思いが実際に実現したらどうなるのかということを、リアルに感じさせてくれます。そういう意味でも、ふたりの心情を自分に置き換えて自分だったらどうするかと重ね合わせながら興味深く読むことができました。体の入れ替わった陸とまなみの二人は、混乱しながらも元に戻った時のためにお互いの体や生き方を大切にするなど、お互いのことをしっかりと考えて生きていくので、そこが切なくも優しい物語となっています。

一番感動したのは、(まなみの体の)陸が切迫早産の可能性で入院し、死ぬことへの不安で潰されそうになっていた時の、見舞いで来た涼とのやりとりと、電話でのまなみとのやりとりのシーンでした。三人の優しさと思いやりに目頭が熱くなりました。そのシーンは、付録の「アナザーストーリー【side M】」で水村の視点からも描かれています。

性差についても考えさせられます。陸の立場で書かれていますので、男が女になった苦悩や大変さがメインに描かれますが、アナザーストーリー【Side M】を読むと、まなみは、自分の体を奪ってしまった陸に憎しみまで持っていました。陸は「元に戻りたくないのだろう」と水村に言いますが、本当は水村の方が元に戻りたいという気持ちが強かったのだと思うと、まなみの悲しみと強さが伝わってきます。男が女になることと、女が男になることで、どちらが精神的につらいかはその人が自分の性にどのくらい違和感を感じているかで変わってくるのかなと思います。私は、女が男になってしまうほうが、はるかにつらいのではないかと思ってしまう派です。

読み終えた後、この物語は映画化すると面白いし感動的だろうなと思ったのですが、調べるとなんと今年の11月に芳根京子と橋海人主演で公開されるそうです。これはぜひ観なければと思いました。また、魅力あるストーリーに加えて読みやすい文章なので、君嶋彼方の他の作品も読んでみたくなりました。
上記はあくまで私の主観です。あとで自分がその時にどう思ったかを忘れないための記録であり、作品の評価ではありません。
また、ネタバレの記述もありますので、ご注意ください。