2025年6月24日(火)開始 2025年7月1日(火)読了
作品情報
タイトル うるうの朝顔
著者 水庭れん
シリーズ
初刊出版社 講談社
レーベル
初刊発行日 2023年6月14日
書籍情報
出版社 講談社
レーベル 講談社文庫 み-77-1
判型/ページ数 文庫判/384ページ
初版発行日 2025年6月13日
版数 第1刷
発行日 2025年6月13日
定価(本体) 800円
購入日 2025年6月20日
【あらすじ】
綿来千晶は、息子に手を上げた夫と離婚したばかりで鬱々とした日々を過ごしていた。彼女は、偶然入った霊園事務所で日置凪という青年に出会う。親しみやすく価値観の合う凪に、ぽつぽつと悩みを打ち明ける千晶。すると彼は「ひとつだけ、おとぎ話をさせてください。」と「うるうの朝顔」という不思議な朝顔の種を取り出した。なんでもその花を咲かせると、1秒だけ現実と異なる過去を追体験することができ、その瞬間から生じていた心のズレが直るという。その夜、朝顔を咲かせると、姉が父に殴られた日の記憶がよみがえり・・・。

詳細は下記の通り。
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プロローグ さなぎから身を出した鮮やかな青色の翅をもつ蝶。
「あの町に帰ろう」「その前にやらないといけないことがある。鋭いようで鈍いあの人に気づかせたい・・・」
第1章 チョコレートの種
−toxin−
綿来千晶は、流通系企業の派遣社員。夫と別れて息子・樹と二人暮らし。雨宿りをした「かわたれ霊園管理事務所」で日置凪と出会う。昔、父親が姉を叩いたこと、その時亡き母は父から守ってくれたのかが引っかかっている。母が嫌いだったチョコレート・・・千晶はそんな母の愛に翻弄されて前に進めないでいた・・・
第2章 ルビーの種
−observation−
国見頼は、映画配給会社の若手社員。美術展で凪を見かけ、猫を捜しに行った「かわたれ霊園」で凪と再会する。頼は、採用面接で出会った先輩社員で既婚者である香椎佐和のことが気になっていた。しかし、佐和の夫がすでに亡くなっていることを知った頼は、佐和の悲しみを知りながら、その思いを捨てきれなかった。佐和も亡き夫に対する後悔で前に踏み出せないでいた・・・
第3章 汐の種
−spiral−
男鹿三多介は、家電メーカーを退職。自分の価値観を押し付けるため、妻と娘と息子からは距離を置かれていた。そんな時、幼馴染の森川雅勝が亡くなり、その遺骨を引き取ることになった。「かわたれ霊園」で凪に出会い、遺骨の供養の相談から親しくなる。三多介は雅勝に対して、2歳年上の神原雪枝に対する嫉妬のために約束を守らなかった後ろめたさを持っていた・・・
第4章 いろみずの種
−colorful−
小野木ひまりは、絵を描くのが好きな小学生。ひまりは「かわたれ霊園」で、亡くなった担任・御影麻希の姿を見ていた。そこで凪と出会う。麻希が亡くなったことに自分にも原因があるのではないかと、ひまりは麻希に問いかけるが麻希は何も言わない。人の言うことを受け入れて流される自分が麻希の死にも関係があるかもと後悔のあるひまりは、好きな絵を描くことも嫌いになりかけていた・・・
第5章 雨粒の種
−alien−
日置凪は、「かわたれ霊園管理事務所」で一緒に働く久瀬莞爾と同居している。凪は、莞爾の弟・草平と、毎朝テレビで天気予報を伝える楢二葉とは幼馴染だった。もう一人幼馴染で仲の良かった藍原さんは、男の子を助けるために川で亡くなっていた。その時から凪はふたりから距離を置くようになっていた。凪は藍原さんから「うるうの朝顔」の種の話を聞いていてそれを持っていた。しかし、凪はズレを取り戻すことができず、残りの種を人に与えてその効力を確認しようとしたが・・・
エピローグ 凪と二葉にズレを感じてもらうために、私のズレを正すために「うるう」に来てもらった。もう大丈夫。私はそっと、醜い翅を閉じた。
【感想】
書店で「うるうの朝顔」というタイトルに惹かれて買ってきました。家族の通院の待ち時間を使って読みました。

こんなストーリーをなぜ思いつくのか、感心と感動を感じてしまう作品でした。第1章から第4章までは凪を共通登場人物とした短編ストーリですが、第5章を読むと、すべてが凪の心の引け目や悩みにつながります。それぞれで交わした会話があらためて凪の立場からの意味に置き換わるような感じです。第5章を読みながら、何度も何度も、過去の章の該当箇所を読み返してしまいます。

そして、短いエピローグでまた驚かされます。主人公は凪だと思っていましたが実はそうではありませんでした。切なく悲しくも、残された人に対する優しさがあふれるある人物の思いの物語でした。その人物の姿が描かれる第5章の後半からエピローグでは、泣けてしまって涙を拭いながらページを進める状態でした。

物語の展開の素晴らしさだけではなく、この物語で伝えたい価値観がとても素敵でした。いろんな見方があることを知ること、常識に対しても疑問を持つこと、表面だけで判断したり偏見を持たないこと、そういうことの大切さを、凪と各章の登場人物の会話と行動から伝えてくれます。「うるうの朝顔」による1秒間で、忘れていた視点や思いを取り戻すことで、前向きに生きることができる価値観を確立できるのかも知れません。

あとがきの受け売りですが、
『「傷つけられた」記憶ではなく、「傷つけてしまった」記憶が何らかのズレにつながっている。後者を傷と感じる者は、そもそも善き人間であり、他者の苦痛に喜びを見出す人間は、はなからズレなど感じない。』
『あのとき、あんなことをしなければ。あんなことを言わなければ。そういう後悔を抱かえて生きている時点で多くの人は善良である。だから悩むし、傷つくし、戸惑う。』
そして、
『人間の醜さを真っ向から否定できるほど正しい人間などおらず、どんな人の中にも善と悪は同居する。』

この物語を読むと、家族や周りの人に対する後悔を少し前向きにとらえることができるかもしれないと思わせてくれますし、偏見はいけないと思いながらも実は偏見の目で見てしまうことの多い自分を見つめ直したりしてしまいます。大切なことを織り込みながら、それを伝えるための見事なストーリを考えられることに作者への敬意と羨望の気持を感じてしまう作品でした。
上記はあくまで私の主観です。あとで自分がその時にどう思ったかを忘れないための記録であり、作品の評価ではありません。
また、ネタバレの記述もありますので、ご注意ください。